小説以外で号泣したのは初めてです。
ダイエットについて考えてみました。
本当に、健康によくないと思い、ダイエットを決意しました。
運動が苦手なので、まずは食事の見直しからです。
(苦手とか言ってる場合ではないし、だから太ってしまったのですが、そこは置いておきます。)
好きなものを好きなだけ食べる生活
をしていたら、私の場合はぶくぶく太ります。
ただでさえ、20代前半の頃は毎日外回りで15000歩くらい歩く生活をしていました。
今、外に出ない日も珍しくなく、出ても徒歩2分くらいのスーパーやドラッグストアに買い物に行くくらいで、たまにたくさん歩いて満足しています。
一昨日は決意した直後というのもあり、
朝:ブロッコリー0.5房
昼:納豆、きゅうりとささみのサラダ、ゆで卵2個
夜:抜き
昨日は、
朝:ブロッコリー0.5房
昼:納豆、きゅうりとささみのサラダ
夜:納豆
でした。
「いいものをおなかいっぱい食べよう」作戦のつもりが
なんだか食欲がなくなってきました。
この本を読んだときに、
明日私が死ぬとしたら、アヒージョをお腹いっぱい食べてワインをたくさん飲んでデザートにハーゲンダッツを食べておけばよかった!!
となるのかと考えてみました。
なりませんでした。
アヒージョとワインとアイスで、
死にたくない→死んでもいいとはならないなと。
死ぬ死なないもそうですが、体が動く動かないとか、意識の有無で考えたりもします。
旅行にいきたいけど、体が動かなくていけない、となると、体が動くうちに言っておけば良かった、となりますし、意識がなくなってからは、意識があるうちにあれをやっておけばよかった、と考えることすらできません。
だから私は今やりたいこと、やっておくべきことをそこそこ焦ってやっているわけで、ダイエットは途中でできなくなったとしても、続けようと思いました。
去年の夏から7kg太ってしまっているので、、せめて戻したい。。
よくないとわかっていながらも、長期のダイエットは向かないので、「3日坊主を10回続けたら1ヶ月の継続」作戦でいこうと思っています。
たまにチートデイをもうけて頑張ります。
大変だから、大きく変われる
アンチ仏教みたいなことを以前書きましたが、この一言は響きました。
質問は27個ありますが、6個目で初めて泣きました。16で号泣しました。最後にまた号泣しました。
何をやるかではなく、ホンキでやるか
この一言で全てを許された気がしました。
GW頃から自分へのプレッシャーで終わらないやりたいことリストと逃れられない苦しみで悩みに悩んでいて、昨日も取捨選択について触れたのですが、
「私は後悔しないように誰よりも一生懸命に考えて生きた」
ということで苦しみから解放されようかと思います。
ダイエットが途中、とか、まだ韓国語を習得できてない、というのを
もっと早くやれば良かった、あと急がなきゃならないことはなんだろう、すぐにやらなきゃ、、、ではなく、
やりたいことをやり続けているのだから、いつかそれができなくなる時に途中になるのは当たり前で、それまで一生懸命やったからいいじゃないか、と思うことにします。
なんだかすごくスッキリしました。
物欲
もう直ぐ30歳になるので、記念に何か買おうかな〜なんて思ったりしたんですが、孫さんのエピソードを読んで、何も要らなくなりました。それもあって食欲が落ちたのかもしれません。